金 - コロナ後の人生。| 気づきに満ちた世界と私
2022年06月14日

マネー・システムという「幻想」の行方

仮想通貨(暗号資産)、中央銀行デジタル通貨(CDBC)、ステーブルコインなど、マネーをめぐる昨今の動きは目まぐるしく、まさにマネー・システムの転換点にあるともいえます。

しかし、下図のようにデジタル化、分散化しているマネー・システムを俯瞰していると、果たしてこれらの価値を支えるものは一体何なのかとふと疑問に思います。そこで、マネー・システムの過去、現在を振り返ることで、未来の姿を描いてみたいです。

図表:デジタル、分散型金融の概要
出典:金融庁

世界最古の貨幣は、前7世紀、小アジア(現:トルコ)にあったリディア王国で鋳造されたエレクトロン貨であるとするのが西洋では定説となっています。エレクトロンという金と銀の自然の合金が使われて、スタテル貨とも呼ばれていました。他にも、中国やインドが世界最古だという説もあるが、いずれにしても、紀元前から人類は「価値尺度」「貯蔵手段」「交換手段」という3つの機能を有するものとして貨幣を使用していたことがわかります。

 

図表:エレクトロン貨
出典:Wikipedia

紀元前8世紀、中国で最初につくられた貨幣は、金や銀からなるコイン型ではなく、農具(鋤、刀)の形をした青銅製のものでありました。金銀の質量がそのまま貨幣の価値となっているエレクトロン貨と異なり、溶かしてもたいして価値のない青銅製の中国製貨幣は、時の支配者が権威付けし、領民の間に価値についての共通の認識(幻想)を持たせなければならなかったです。

時代はさかのぼり13世紀、イタリアの旅行家マルコ・ポーロが中国(元)を訪れた際、首都・大都(現:北京)では紙幣が流通しているのをみて衝撃を受け、「元の初代皇帝フビライ・ハーンは、最高の錬金術師だ」と『東方見聞録』に記している(出典:参考)。モロッコの旅行家イブン・バトゥータも「(イスラム世界で流通していた)ディナール金貨やディルハム銀貨を市場に持っていっても、紙幣と交換しなければ誰も受け取ってくれない」と驚いています。

図表:マルコ・ポーロの肖像が描かれたイタリアの旧1,000リレ紙幣
出典:Wikipedia

なお、元では紙幣の普及によって、それまで厳しく制限されていたコインの輸出が解禁されたが、これを受け、日本では平清盛が宋銭を輸入し、ここに我が国における“本格的な”貨幣経済が導入されることになります(日本最古の貨幣としては、富本銭や和同開珎があげられるが、これらは、宗教的な目的の厭勝銭として造られた可能性も指摘されている)。

ヨーロッパでの紙幣の流通には中国とは別の背景があった。16世紀、スペインが南米でポトシ銀山を開発し、大量の銀をヨーロッパにもたらしたところ、ヨーロッパは「価格革命」とよばれる激しいインフレに見舞われた。人々は、貨幣の盗難や摩耗の危険を避けるため、ゴールドスミス(金匠)に貨幣を預け、ゴールドスミスはそれに対して「預かり証(ゴールドスミス・ノート)」を発行し、これが紙幣のように流通していったのであります。

そうした中で、1694年に設立されたのがイングランド銀行であった。当初、一商業銀行であったイングランド銀行はゴールドスミスによる預金振替決済システムを基礎としつつ、英国政府への貸付を主要業務としていった。そして1833年、英国政府はイングランド銀行が発行する銀行券を「法定通貨」として認め、1844年には同行を国営化し、ここに国家が中央銀行を通じて通貨を中央集権的に管理する現代の通貨システムが形成されたのである。実は法定通貨の歴史はたった100年ほどしかないのであります。

それより以前は、たとえ大英帝国であっても、国内で複数の貨幣(銀行券)が流通していたという点が重要であります。例えば、「大きな政府」を望まなかったアンドリュー・ジャクソン米大統領は、政府がかつて設置した第二合衆国銀行を、州ごとの独自財政を奪うとして、これを敵視し、自らの政治生命をかけて廃止に動いた。それによって、米国内では各種銀行券がマーケットに氾濫するという事態を招いています。

図表:オーバルオフィスの肖像画をジャクソン大統領に変えたトランプ前大統領
出典:WSJ

その後、イングランド銀行が金と交換(兌換)可能なポンドを発行し、シティ・オブ・ロンドンを中心に、19世紀末には金本位制が成立し、各国に広まっています。しかし、1930年代の世界恐慌を背景に、政府による景気調整を可能とするために、ジョン・メイナード・ケインズが提唱した管理通貨制度へと切り替わっていくことになります。金本位制は、金の保有量によって発行する貨幣が制限されるが、管理通貨制度では国家の信用が裏付けとなります。

こうしてみてくると、マネー・システムの歴史には2つの側面がみえてくる。一つは、分散していた貨幣が近代化するとともに、効率性向上のために集中していく「集約化」という過程であります。また、その裏付けは、「金銀」から「信用」へと変遷しているという面であります。

現在のデジタル化・分散化の流れは、こうしたマネー・システムを次のフェーズに移行させるものであります。すなわち、それまで分散していたマネーが効率性を求めて集約化したにも関わらず、今後は利便性を求めて再び分散化するという、これまでのマネー・システムの歴史を逆流しているのであります。また、デジタル化と相まって進展することで「情報」という新たな裏付けを生成しつつあります。

金本位制であれば金の量によって、管理通貨制度であれば国家の経済力によってそれぞれマネーの増減を生ぜしめたところ、今後は情報の多寡(どれだけ多くの情報のやりとりが各マネー内でなされるか)が、いわゆる仮想通貨におけるマイニング(採掘)のような役割を果たすのではないでしょうか。もはや次のフェーズでは、通貨の発行は、国家だけに独占されるものではなく、一企業もその役割を担うことになります。

 

2021年12月21日

「金(ゴールド)」=「安全資産」の神話が崩れた今、再び「金保有」を高める中央銀行の思惑とは

シンガポール金融管理局(MAS)は、2021年5月~6月にかけて合計約26.3トンもの金(ゴールド)を購入し、数十年ぶりにその保有量を拡大させているとの報道がありました(参考)
「FXStreet」の報告書によると、世界的なインフレ圧力とエネルギー市場の混乱もあって、中央銀行の金への欲求が再開される中で、
シンガポールに限らず、セルビア、ハンガリー、タイ、フランス、ドイツ、ブラジルの各中央銀行も、
ここ数カ月で金準備を追加しており、とくに、金準備を20%以上に増やしたロシアは、現在、金準備の規模で世界第5位にランクしています(参考)

図表:金準備のランキング
出典:U.S. Global Investors

価値が相対的に安定し、「有事の金」とも言われる金(ゴールド)は不確実性が増す世界情勢の中にあっても、国家財政の安定性を保つ手段の一つとして、いつの時代もその存在感を維持してきました。
中央銀行による大量の金の蓄積は、世界の基軸通貨としての米ドルからの継続的なシフトを示し、
世界的な経済力学の継続的なシフトを示しているともみられていますが、果たして、昨今の各国中央銀行による金(ゴールド)の蓄積の背景には、
やはり地政学リスクの炸裂といった警告を意味するものでしょうか。

まず、我が国でもよく「有事の金」「安定資産」と言われる金(ゴールド)ですが、その価値は歴史上、他の金融商品同様、ボラティリティに満ちたものであったといえます。

近代以降、金貨と銀貨が混在して使用されるようになる中で、その価値は、金と銀の相対価値である比価によって変動していました。
例えば、大規模な金山が発見されると、銀の相対価値が高くなり、金の価値が下がる、という構造です。

大航海時代の幕開けにより、スペインが南米でポトシ銀山を発見して以来、欧州には大量の銀が流入し、16世紀で欧州では価格革命が勃発しました。
当時イングランドでは、金1に対し銀15の交換比率にまでその差が開きましたが、
他方で価格革命の影響がまだ及んでいないインドでは、金1に対し銀10の比率が維持されていました。
そこで、インドで銀10を金1と交換し、イングランドに持ち帰り銀15と交換して、その銀を再びインドに持ち込めば、金1.5と交換することができ、
(往復のコストなどを考慮しなければ)50%の利益率を確保できたわけです。

この裁定取引のスキームを最大限利用して巨万の富を築いたのが、かの東インド会社でした。
このスキームは、当然、中国や「黄金の国ジパング」も対象とされました。とくに開国直後の幕末日本は、大量の小判が流出していきました。
2010年に紅茶会社として東インド会社を“復活”させたインド出身の実業家サジブ・メフタ氏
出典:The East India Company

18世紀に入るとこうした裁定取引のスキームを終わらせるべく、当時、英国の造幣局長であったアイザック・ニュートンは、最適な金銀比価として「金1につき銀15.2」を設定。
その後19世紀に入ると、銀貨との交換はなくなり、イングランド銀行券と金貨の兌換による金本位制が始まりました。
それ以降、各国は、海外債務返済用と兌換用としての金(ゴールド)の蓄積に奔走することになったのです。

金本位制がなくなり、また金(ゴールド)が管理通貨を代替することも考えられない今日においても、
金(ゴールド)は、国家財政にとり力の源泉であるとみなす向きは以前としてあり、2012年に米大統領選挙に出馬したロン・ポール議員(当時)は、金本位制の復活すら主張していました(東洋経済オンライン)

金本位制への回帰を主張したロン・ポール議員(当時)
出典:Wikipedia

これに対し、ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ポール・クルーグマンは、
「ニューヨークタイムズ」紙上に、金価格を消費者物価指数で割った「実質金価格」をグラフ化し、いかに金価格が不安定であるかを示し、最後にこう付け加えています:

「金本位制の下で、米国には大きな経済危機は起こらなかった。1873年、1884年、1890年、1893年、1907年、1930年、1931年、1932年、1933年を除いては」

図表:実質金価格(=金価格÷消費者物価指数)
出典:NewYork Times

このように「安全資産」というのはもはや神話に近いですが、
他方でこれまで見てきた歴史を振り返っても金準備増減の背景には、その国の思惑が透けて見えるのが、まさに金(ゴールド)の存在であるといえるでしょう。

では、昨今の各国における金準備増加の背景とは何なのでしょうか。
例えば、ロシアであれば緊張深まるウクライナ情勢をにらみ、米国による経済制裁を受けた場合に備えて、金準備を増やしている、との見方もできるかと思われます(Reuters)

では、冒頭に述べたシンガポーでの動きの背景には何があるのでしょうか。参考になるのは、1968年にシンガポールが、ブレトン・ウッズ体制の崩壊を予見したNgiam Tong Dow上級顧問によるアドバイスを受けたゴー・ケンスイ副首相(当時)が南アフリカから金(ゴールド)を購入したという記録です(Zero Hedge)

その後、1971年8月、ニクソン米大統領は金ドル兌換の停止を含む新経済政策を発表し、名実ともに金・ドル交換性に基づくブレトン・ウッズ体制は崩壊することになりましたが、
昨今の金(ゴールド)蓄積もこうした金融秩序変転の序章となるのではないでしょうか。

原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。


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