林芳正 - コロナ後の人生。| 気づきに満ちた世界と私
2021年12月07日

「音楽」が国境、宇宙を超える。~外交を司った音楽の歴史とこれから~

2021年11月7日に岸田総理大臣は、第2次岸田内閣の外務大臣に林芳正・元文部科学大臣を起用する意向を固めました。
林氏は、東京大学法学部とハーバード大学ケネディスクール(公共政策大学院)を卒業後、三井物産などでの会社員生活を経て、父、林義郎・元大蔵大臣の秘書官となり、
1995年の参議院選挙で初当選、これまでに防衛大臣や農林水産大臣、文部科学大臣などを歴任しています。先の選挙では、衆議院に鞍替えして立候補し、初当選しています。

岸田総理大臣としては、みずからが率いる派閥の幹部を務めるなど信任の厚い林氏を外務大臣に起用することで、
日米同盟の強化をはじめとする外交政策を着実に進めたいというねらいがあるものとみられています(参考)
メディアでは親中派の林氏の外相起用により、我が国の外交路線も親中路線に転換するのでは、との憶測も飛び交っているが、
私が林氏ときいて真っ先に想起したのが、今や群馬県知事となった山本一太氏(当時、参議院議員)と共に結成したという国会議員によるバンド「Gi!nz(ギインズ)」です。


博多のクリスマス・マーケットで演奏するGi!nz
出典:FUKUOKA CHRISTMAS MARKET

音楽の素養をもつ外交関係者は意外と多いのをご存じでしたでしょうか。
ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官を務めたコンドリーザ・ライス氏(現在は学界に戻り、スタンフォード大学教授)も、
母親は音楽教師で、幼少期よりピアノを始め、デンバー大学では音楽学部ピアノ科に入学していたが、ジョセフ・コーベル大使(オルブライト元国務長官の父)のロシア政治に関する講義に感銘を受けて、
専攻を国際政治学に変えたという。とはいえ、そのピアノの腕前はプロ級で、大統領補佐官時代にはヨーヨー・マとブラームスのソナタを共演し、
ブッシュ政権末期には国務長官としての任期終了前、最後の挨拶としてバッキンガム宮殿でエリザベス女王の面前でも演奏を披露しています。

政界入り後もピアノの腕前はプロ級であったライス元国務長官
出典:(左)Wikipedia 、(右)NBC News

我が国にもかつて、プロ級の音楽センスをもつ外交官がいました。
というより、本来、作曲家であったが外交官になればドイツで音楽の勉強ができると思い、外務省に入ったという異色の経歴をもつ人物がいます。
それが戸田邦雄氏(1915~2003)です。外務省に入ると、実際にヒトラー時代のドイツに赴任し、フルトヴェングラーやカラヤンの演奏に、
その後、モスクワ大使館へ転任すると、ショスタコーヴィッチの演奏にそれぞれ接している。
帰国と同時に、十二音技法という作曲技法を我が国にもたらしたとも言われています。(「悪魔の音列」とも称される十二音技法は、「調性がなく、ひたすら難解」な現代音楽の基底をなす作曲技法です)
戦後は、音楽を超える広い視野から豊潤な知性に溢れた音楽論を発表し続けましたが、そうした教養というレヴェルを超えた圧倒的な知識と技術は外交の現場でも活かされていたことでしょう。

外交の歴史上、音楽が全面に「使われる」ことも多々ありました。東西冷戦時代であっても、調べは国境を越えていました。
1951年という冷戦初期には、米国の故アイザック・スターン氏が西側諸国のバイオリニストとして初の旧ソ連公演を行っています。
また、去る2008年には、ロリン・マゼール氏が率いるニューヨーク・フィルが米朝関係の改善を目的に、平壌で初の北朝鮮公演を行いました(参考)

ニューヨーク・フィルの北朝鮮公演
出典:The New York Times

だが、音楽をめぐる人類の歴史を辿れば、この「意外な親和性」はあるいは感得できるのかもしれません。
古代ギリシャでは、プラトンがピュタゴラス派の4課目(算術、幾何学、天文学、音楽理論)を重視し、自身が設立した学園アカデメイアでも必修科目としています。
とくに、音楽は、精神と肉体を調和(ハルモニア)させ、人間関係を調律して協和させる理論として必要だと説いています。
自然の創造物を数によって解き明かすことができるこれら四科目(数学的な「四科」)は、やがて、アリストテレスが重視した文法、修辞学、弁証法という三科目(言語的な「三科」)とともに、
「自由七科」としてリベラル・アーツに組み込まれていきました。

その後、とくに音楽に関しては、6世紀の哲学者ボエティウスによって著された『音楽綱要』(De institutione musica)が中世まで読み継がれる音楽の教科書とされました。
ボエティウスは音楽を「器楽演奏や声楽による音楽(ムジカ・インストゥルメンターナ)」、「人間の音楽(ムジカ・フマーナ)」、「宇宙の音楽(ムジカ・ムンダーナ)」の3種類に分けて論じています。

このうち、とくに「人間の音楽」は、音楽をして精神と肉体の調和のための理論とした、プラトンの思想を踏まえています。
前述の十二音技法を「不協和音」のように感じることもあれば、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』が「良く調整された(well-tempered)」ように感じることもできるのは、
ムジカ・フマーナの機能ゆえの感覚といえるでしょう。他方で、「宇宙の音楽」とは、四季の変化や天体などを司る「宇宙の秩序」を指しており、これら3種類の音楽の最上位に位置づけられています。

普段、我々がイメージする音楽は、第一の「ムジカ・インストゥルメンターナ」ですが、
後二者の音楽理論も改めて想起すると、あるいはそこに外交との親和性を見出すことができるのではないでしょうか。
外交は国境を超えるが、音楽は、国境はおろか宇宙も司るわけです。
昨今、人工知能(AI)の発展により言語の壁は無くなりつつあるが、音楽をつうじた国際関係の調和は、古来よりその役割を静かに果たしてきていたのかもしれません。

原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。(学法)川村学園川村中学校・高等学校にて教鞭もとる。2021年4月より現職。


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