2021年11月09日

米医療保険制度から学ぶ、日本バブルによる所得格差後の日本の未来

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前回の本コラムは、2021年10月新たに就任した岸田首相が「分配なくして次の成長なし」との方針を示したように、我が国において「分配」をめぐる政策論争がにわかに焦点となったことから、「国民皆保険制度」を中心に社会保障制度の行方について議論したいと思います。そして、今回は先進国勢の中でも「国民皆保険制度」から距離を置いてきた国の一つとして米国勢に着目し、特に医療保険制度の現状、さらに米シンクタンクの間で交わされている経済的格差の是正をめぐる議論を探っていきながら、我が国の政策論争にいかなる示唆を与えるのかについて考察していきたいきます。

米国勢においては、政府ではなく民間保険会社が医療保険制度の中心を担ってきたため「国民皆保険制度」は長らく社会に定着してきませんでした。しかしながら、オバマ元大統領による公約により、去る2010年に「患者保護並びに医療費負担適正化法(Patient Protection and Affordable Care Act:通称ACA、またはオバマケア)」が実現しました。これによって、低所得者の医療保険加入が容易となり、今年(2021年)6月に、米国保健福祉省(Department of Health and Human Services:HHS)は、3100万人の米国人がACAを通じて医療保険に加入していることを示す報告書を発表しています(参考)

(図表:米政府の医療保険関連のウェブサイト)

(出典:HealthCare.gov)

しかし、トランプ前大統領がオバマ氏によるACAの無効化を主要選挙公約のひとつとしていたように、米国内部にもACAに関して賛否両論があり、米最高裁判所は去る6月、ACAの無効化を求める共和党側の訴えを7対2で退けました(参考)。バイデン大統領はこの判決を、法律から「恩恵を受けるすべての米国人にとって大きな勝利」と称したが、米国勢におけるACA撤廃を求める共和党など保守派の反発には、制度加入を義務付けるのは個人の自由の侵害、または政府に依存することへの抵抗感などがあるとみられ、「国民皆保険」を遠ざけてきた米国らしさを象徴する論理がいまだに根強い事情がうかがえます。

一方で、去る2020年の米大統領選で、「民主社会主義者」と自称するバーニー・サンダース(Bernie Sanders)氏が学費返済などに苦しむ若者たちの間で熱狂的な支持を得たように、政府は格差是正や貧困対策について真剣に向き合うべきだとする考えが米国勢内部に徐々に広がっているとみるべきでもあります。こうして特に若者たちが社会主義的な政策に共鳴しつつあることに対して、警鐘を鳴らしているのは、米保守系シンクタンクのヘリテージ財団のレポートです。学生は経済学を学べば、資本主義が人類の歴史を通じて高められた生活水準の唯一で最大の原動力となっていることを理解するはずであり、社会主義への執着を捨てることになるのだと批判的に論じているのです(参考)

(図表:バーニー・サンダース氏)

(出典:sanders.senate.gov)

しかしながら、パンデミックによる経済的な混乱を経験した今、米国勢においても社会保険の果たすべき役割に注目している議論もあります。ブルッキングス研究所は、去る6月、社会保険制度について記したレポートにおいて、社会保険制度を教育・労働力開発、健康保険、所得支援、食、住居の5つに分解した上で、所得の伸びが弱いときに消費者の購買力を支えて、成長が不安定になったときに経済的衝撃を和らげるのにも役立つものだとして、その価値に重きを置いた考察を展開しています(参考)

また、行き過ぎた自由主義市場経済について対処しようとしているのは、サンダース氏にもトランプ氏にもあてはまるとする内容の論考を国際平和カーネギー基金は掲載しています(参考)。一方で、米外交問題評議会(Council on Foreign Relations:CFR)は、サンダース氏は、大々的に国際主義という言葉で世界経済の改革を示し、同じく大統領選で民主党候補の座を争ったエリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)氏は資本主義や愛国心を強調しているのですが、米国勢の中産階級を空洞化したグローバル化経済を批判する点では共通していると論じています(参考)。結局のところ、昨年の大統領選で若者たちが考えていたこととはイデオロギーそのものではなく、自分たちが生きる社会の現状や未来はどうあるべきなのかについての憂慮ではないかという実態が垣間見えます。

我が国では、岸田首相が「新しい資本主義」という方向性を提起しているのだが、今後、「日本バブル」の到来から激しい資産バブルへと至ることも想定される中で、所得格差がさらに生じていった時、米国勢における一連の議論はその問題への向き合い方について示唆を与えるものなのではないでしょうか。







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