2021年03月14日

2020年に「全てが変わり始めた」世界。その先にあるものは終焉なのか?

この記事を読むのに必要な時間は約 5 分です。

2004年の頃のことです。
「本当のユダヤ人」であるセファラディと呼ばれるグループの女性リーダーの一人からこんなメッセージが届きました。

「早ければ2018年、遅くとも2020年までに世界の秩序は完全に変わる。」

その中心が恐らくは日本になると彼・彼女らとしては考えているというのです。
相手は何せ、アメリカ合衆国大統領の候補が決められる段階であらかじめ根回しを受けるほどのランクの人物です。
当時、物を全く知らなかった私は一体何のことを言っているのか皆目見当がつかなかったのですが、
とにかく「2020年が人類史上、転換の年」というこのメッセージのエッセンスだけはしっかりと覚え込んだことを覚えています。

そして、2020年。
確かに「世界は変わった」。
2019年末から拡散し始めたCOVID-19ウイルスは全世界を覆い、
私たちの生活は劇的な転換を余儀なくされました。
私自身はというとむしろ金融・経済における変容こそが先行すると考えていたのですが、
寸前のところで生じたシンクロニシティを通じ、
「まず起きるのはパンデミック」と悟り、準備をしたうえで今回の急展開に臨みました。

パンデミックでロックダウン(都市封鎖)が現実に、
かつ繰り返し行われる中で私たちの心は明らかに蝕まれつつあります。
変わった点は色々ありますが、要するにヴァーチャル空間へと全員がテレワークで押し込められる中において、
それに適合的な人物とそうではない大多数の間で越えられない溝が出来上がってしまいました。
私自身はというと場所を問わず「今・ここ(now and here)」で仕事が出来る職種からスタートしたので
何ら苦労することなく「新しい現実」に立ち向かうことが出来き、それなりにうまく行っていると自負しています。

しかし問題は「人間は出歩く存在である」というこれまでの真実を前提にした営みをされてきた方々なのです。
私たち人間は明らかに出歩かなくなってしまいました。
その結果、それにまつわる全ての仕事が明らかに転換、さらには退場を余儀なくされているのです。
それだけではなく、私たち自身が「動かないこと」を強いられる中で精神疾患すら蔓延しつつあると聞きます。
「私はそうではない」とあなたは思うかもしれません。
だがしかし、冷静に見つめなおしてみると以前とは違う「何か」に
妙なこだわりを持ち始めている自分に気付かないでしょうか。
そしてその「何か」すら出来なくなった時、あるいは許されなくなった時、
次に精神に支障をきたし始めるのはあなたかもしれないのです。

「2020年に世界秩序が全て変わる。」
そう聞いた時に日本とアメリカ、
あるいはそれ以外の世界のすべてといった「国際秩序」のレヴェルで思考をしていた頃の自分自身が
たまらなく懐かしのですが、事態はもはやそんなレヴェルではないのです。
事態は地球全体、いやそれをはるかに超えるレヴェルで進行しつつあり、
しかも国同士がどうのこうのというレヴェルで問題が山積し始めているわけでもないのです。
当然、解決に際しても全くもって違う立場と視点から取り組まないとうまく行かないことも目に見えています。

未来を正確に見通すことは現段階で人類にとって不可能です。
しかし極端な転落と転換を経験する中で私たち自身必然的に「未来」に強烈な関心を持つようになることは目に見えています。
しかもその向こう側で結果として、
今とは全く違う根本かつ共通認識の下で人類社会を再構成している私たち全員の姿も見えてはいるのです。
それではそれが具体的に何であるのか。
引き続き、えも言えぬ「ワクワク感」を抱きながら前進していくことが、
今の私たちにできることではないでしょうか。
すべてが変わり始めた世界を輝かせるも、暗黒に導くも私たち次第。
私たちはこんな状況だからこそ、これまで持てえなかった選択肢を持つことが出来るようになっていると考えるとどうでしょう







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