2021年09月14日

国のプライドをかけた「トルマ」の戦い ~「食」を巡る地政学的リスク~

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フランスの権威あるガストロノミーガイド「ミシュラン」が新たな目的地としてモスクワを対象にすることを発表しました(参考)
近年モスクワのレストランが「再生(ルネサンス)」を果たしたからだというのが理由です。モスクワ市長はこの発表を受けて歓迎の意を表しました。

なぜモスクワのレストランが復活したのでしょうか。発端は意外なものでした。

(図表:ボルシチ)


(出典:Wikipedia)
去る2014 年にロシアがウクライナからクリミアを併合したことを受け欧米がロシアに制裁を課したました、この制裁によって多くのEU食材がロシアに入らなくなりました。その結果モスクワのレストランでは地元の食材に頼る傾向が強まったのです。

西側から輸入した肉やチーズ、魚に頼っていたレストランは閉店を余儀なくされ、ロシア地方からの食材調達に努めていたレストランは競争力を増すことになったのです。モスクワのシェフたちは地元の食材を強調することによって存在を際立たせているというのがミシュランの評価です。

他方で最近「ボルシチ」がロシアとウクライナの地政学的対立の中心となっていというのです。

ウクライナ人が「母乳の次に我々が口にするのがボルシチだ」と言う程ウクライナにとってボルシチは譲れない国民食なのです(参考)
2021 年両国はそれぞれこの料理をユネスコに申請する予定です。

「食」を巡る国家間の対立は世界中で起こっています。

シンガポールが「ホーカー文化」(安価な屋台街)をUNESCOに申請しようとしたとき特にペナンを中心に同じく「ホーカー文化」を持つマレーシアから激しい反発が起こりました(参考)。最終的にUNESCOは2020年12月シンガポールの「ホーカー文化」を無形文化遺産に登録したことを発表しました(参考)

2020年ナゴルノ・カラバフの紛争が再燃したアルメニアとアゼルバイジャンだが、それ以前から葡萄の葉で包んだミートボール料理「トルマ(“tolma”)」を巡ってもう1つのコーカサス紛争が起こっていました。

(図表:トルマ(“tolma”))


(出典:Wikipedia)

去る2012年にアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ(Ilham Aliyev)大統領が「アゼルバイジャンの国民食である」と公言して以来「トルマ(“tolma”)」は両国の間で論争の的となりました。

アゼルバイジャンの国家安全保障省は国家料理センターを設立し、特にアルメニア人がアゼルバイジャン料理と思われる料理を盗用しようとする動きに対抗するための支援まで開始しました。これを受けてアルメニアでは激怒の声が上がり、国の国民食を「占領者」から救うために様々な取り組みが始まったのです。その中に年に一度のトルマ祭の開催があり、この料理をアルメニアの代表的な料理だとアピールしています(参考)

今次パンデミックにより世界の流通やサプライチェーンは大きく変化しようとしています。それに伴い各国の「食」の文化も変わることになりそうです。






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